7月の豪雨災害で坂本町からたくさんの「もの」が流されてなくなってしまいました。
その人がずっと大切にしてきた「もの」、特別な想いがこもった「もの」、お金には代えられないかけがえのない「もの」。それらを失ってしまった住民の悲しみははかり知れません。
しかしそんな中でも、水害があったことで生まれた新しい出会いや、少し心がホッとするあたたかなエピソードがありました。
ここでは『さかもと水害「もの」がたり』として、ひとつずつご紹介します。
今回は、道の駅坂本にあった木像のアマビエのお話です。
道の駅坂本。地元では「さかもと館」の愛称で親しまれ、開館以来、坂本町民のみならず町外からのお客様にも愛されてきた道の駅です。
しかし7月4日の大水害でこのような姿となってしまいました。
そんな道の駅の一角には、元々このような木彫りの「アマビエ」像が約10体も置いてありました。
制作したのは、植木町在住の田中章さん。田中さんはチェーンソーを巧みに操り、木の丸太を削ってさまざまなものを創り出す、「チェーンソーアート」に趣味で取り組んでいます。このアマビエ像を田中さんが道の駅坂本へ持ってきたのは今年2020年5月のことでした。実は田中さん、坂本町とのご縁が深く、2015年から坂本町内の施設や地域でチェーンソーアートの実演や作品の寄贈のために何度も足を運んでいます。
さて、そんな田中さんの素晴らしい作品のひとつであった「アマビエ」。今回の豪雨により、道の駅から流れてなくなってしまったことは言うまでもありません。しかしなんと一体だけがとある場所で見つかり、しかも拾った方が大切に地域で管理されているという話を聞き、そのアマビエを確認すべく現地へ行ってきました。
さあ、それはどこかというと、坂本から遠く遠く離れたここ、熊本県宇城市にある、戸馳(とばせ)島でした。
不知火海、宇土半島と天草のすぐそばに浮かぶ小さな島です。戸馳島は人口約1400人、島の周囲は4㎞で、“花の島”とも呼ばれる日本有数の蘭の産地であり、胡蝶蘭やかすみ草を栽培する農家も多いといいます。
さっそく、見つかったアマビエが置いてあるという現場へ向かいます。
聞いていた場所へそろそろ着くかなあ、と思っていたら、道の向こうに何やら怪しいものが見えました。
ありました。本当にアマビエがいました。紛れもなく、田中さんの彫ったチェーンソーアートのアマビエ像です。
このアマビエを拾ったのがこちら、戸馳島在住の宮川勝さんです。
この小さな入り江で、7月4日の豪雨災害から1週間ほど経過した頃にアマビエを発見したと言います。『はじめは流木かと思っていた』と話す宮川さん。発見当時はこの像も白くはげているところがあり、拾った後にニスを塗って、このように綺麗な姿に整えてくださったのでした。
驚いたことに、このコンクリートの土台も宮川さんの手作りで、榊まで飾り、しっかりと祀られています。宮川さんはこのすぐ近くの場所にお住まいで、このアマビエをここへ祀って以来、毎日管理をしにこられているとのことでした。『潮風で傷まないよう対策をし、真夏の暑い日はアマビエに水をかけてあげました』。
毎朝、ここへ拝みにくるおばあちゃんもいらっしゃるそうで、すっかりこの地区の名物になっているようでした。
これほどまで大切にされ、きっとこのアマビエも喜んでいることでしょう。
それにしても、坂本から球磨川を流れ八代海へ、そして海を渡ってこの戸馳島の小さな入り江にたどり着き、宮川さんのような優しい人に拾われこのように祀られている。これはもう、ほとんど奇跡としか言いようがありません。
戸馳島の若宮海水浴場から海の向こうを眺めると、八代の港や町の姿が見えました。
奇跡のアマビエは、本当にこの海を渡ってはるばるやってきたのでしょうか。
真相は、アマビエが見つかった入り江近くでいつも海を見守ってくださっている、恵比寿さまだけが知っているのかもしれません。
(取材日2020年11月)
text&photo by 坂本桃子